PHOTOGRAPHER’S DIARY

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Tue 17
戦後70年、ラバウルの海を潜る  ハシナガイルカの生息地を守る
2015.11.17

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<ボートに向かってジャンプしてくるハシナガイルカたち>

ラバウルに、かなりのハシナガイルカ(Spinner Dolphin)が定住しているらしいという話は、取材に訪れる前からなんとなく、情報を掴んでいた。

しかし、実際に、現地に入り、ダイビングをしてみると、海に出た4日間、探した日も探していない日も、どこかで、毎日ハシナガイルカたちに遭遇した。

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<ラバウルを象徴するタブルブル山(左)や妹山(中央)、母山(右)をバックに、キリモミしながらジャンプする若いハシナガイルカ>

現地ガイドの話では、大きなポッド(群れ)が3グループあるとのこと。今回は、そのうちの一つ、ココポからラバウル(トクア)空港へと南下する途中、プローンファームの手前の湾内に定住するポッドに着目した。

このポッドは、ほとんどの場合、同湾内を中心に、この近海に定住していると考えられている。岸からでも泳いでいけるくらいの距離で数百頭のハシナガイルカたちがのんびりと泳いでいたり、若い個体が空中でキリモミするようにジャンプして遊んでいるのが見られる。今回、この湾の名称をドルフィンベイと呼ぶことにした。

イルカたちのリサーチを開始した、ココポ・ビーチ・バンガロー(KBB)に新設されるダイビングサービスのロバート・パッドフィールド氏によると、「このポッドには、とても小さな生まれたばかりと思われるイルカの赤ちゃんを多く確認しているため、子育てを行っている可能性が高い。交尾しているシーンも良くみかける。もしかしたら、子育てだけではなく、出産もこの湾内で行っているかもしれない」とのこと。

他のポッドは広範囲に移動するが、このポッドは比較的同じ湾内から動くことはなく、ドルフィンウォッチを行う場合には、見つけやすい。それだけでなく、岸から近いこともあり、たとえ海が荒れたとしても、陸路でこの湾まで移動して観察することも可能だ。

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<岸から目とは鼻の先を泳ぐハシナガイルカたち>

ハシナガイルカは本来、移動するボートの船首の波に乗るのは好きだが、人がボートから海にエントリーすると、蜘蛛の子を散らすように泳ぎ去ってしまうのが、普通だ。

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<ボートの船首について泳ぐハシナガイルカの群れを海中で見るのは圧巻>

そのため、ロブ氏は、小型ボートの船首横にロープを垂らし、腕と足を固定させる輪っかを作って、そこにスノーケラーを固定し、ボートをゆっくりと走らせてハシナガイルカのポッドに接近するスタイルで海中でのアプローチを試みてみた。

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<分かりにくいが、左腕と両足をロープで作った輪っかに固定して、ボートの側面に張り付くスノーケラー>

このアプローチ方法は、氏がワリンディやキンベなど、他のダイビングディスティネーションでダイビングサービスをオペレートしていたときにも、大物海洋哺乳類を発見したときに行っていたスタイルなのだとか。

「スキンダイバーには、警戒心を抱く鯨類たちも、この方法なら、警戒心が薄れて、かなり近くで見ることができるんだよ。以前にも、ゴンドウの群れや、シャチが出現したときにも、このスタイルで海中での撮影を行った」と話す。

実際に、トライしてみると、ボートから離れてイルカと泳ごうとしたら、離れて行ってしまっていたイルカたちが、手で触れるくらいの近距離を、しかも50頭ほどの群れに囲まれながら一緒に泳ぐことができた。

自分の力で泳ぐことができないのは、少し残念ではあるけど、ことこのハシナガイルカたちの海中ウォッチングに関しては、かなり有効だし、泳ぎの下手な人でも、相当に近くで一緒に泳げる可能性が高い。もちろん、観察や撮影を行うにも有効なスタイルでもある。

「これでイルカたちにアプローチして、交尾シーンを目撃したり、生まれたばかりの赤ちゃんイルカを間近で見れたりしたんだ」とのこと。

この湾でドルフィンスイミングを行ってから、ダイビングに行くというスタイルも定着できそうだ。

しかし、ここで一つ問題が浮上した。

1994年に起きた火山の噴火で、商業の中心地がラバウルからココポに移ったことは、前に何度か書いたが、商業船やタンカーなど、大型船が入れる港は、いまだにラバウル市街にしか無く、ココポの近くに、大型船が着岸できる港を作ろうという計画がラバウル政府内で検討されている。

その候補地が、このハシナガイルカたちが生息する湾だというのだ。

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<ドルフィンベイの岸近くでゆったりと泳ぐハシナガイルカたち>

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<ドルフィンベイの北端にある、戦時中からあったらしい古い桟橋の残骸が、新たな港の建設予定地候補にあがっている>

「おそらくずっと昔からイルカたちは、ここで子育てや出産をしてきた。それが、巨大な桟橋を作ることで、海底の掘削作業が始まると、土砂などが流れて、イルカたちの生息環境に悪影響を与える可能性もある。それに、巨大な貨物船などが行き来するようになれば、当然そこの海の環境も悪化するわけだ。まだ、建設計画が確定したわけではないが、できれば、港建設予定地の変更を示唆していきたいと考えている」。

そのために、ここのハシナガイルカの生息環境がいかに、希少であり、重要であるか訴えていくためのリサーチを行っていこうと考えており、その資金を得るために、海外のダイバーなどに、個体識別したイルカを養子縁組して、基金を募ることなども検討してみたいとのこと。

まだこのプロジェクトはスタート段階であり、名前も決まってい無いが、大型海洋生物をテーマに撮影を続ける自分としても、とても興味深く、今後の動向に注目していきたいと考えている。

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Mon 16
戦後70年、ラバウルの海を潜る  ハードコーラルやソフトコーラルが美しい、リーフダイビング
2015.11.16

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<ソフトコーラルの上を乱舞する、ハナゴイたち。プローン・ファーム>

ラバウルというと、ディープなレックダイビングの印象が強い人も多いかもしれないが、ハードコーラルやソフトコーラルの群生するリーフでのダイビングも盛んだ。

特に1994年の噴火で、政治と商業などの中心地が、ラバウルから20km南東のココポに移ってからは、ここを起点にして、ココポ周辺のリーフ、沖合にあるデューク・オブ・ヨーク群島や、その手前にあるピジン島、などを潜るダイビングなどが楽しめるようになった。

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潜ったのは、デューク・オブ・ヨークにあるコールド・リーフ。ピジン・アイランド・エリアにある、リトル・ピジン・ウォール。そして、ココポから空港方面へと移動した岸沿いにあるプローン・ファーム。

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<ソフトコーラルの群生もあちこちで見られる。コールド・リーフ>

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<海中の彩は美しい。コールド・リーフ>

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<ユメウメイロの群れに囲まれた。プローン・ファーム>

どこも、ドロップオフのスポンジやシーファン、ソフトコーラル、浅いリーフ上のハードコーラルやソフトコーラル。そして、その上には、乱舞するハナダイ系やスズメダイ系の魚たちが色を添えている。

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<ハードコーラルの上にもハナダイたちが乱舞していた。リトル・ピジン・ウォール>

また、レックが沈む、シンプソン湾の西側にあるアタリクリクン湾エリアにも、美しいハードコーラルのポイントが点在する。

今回は、車でカバイラという村まで移動して、そこで船に乗船してこの方面のダイビングポイント、ミッドウェイ・リーフ、ハリー・リーフ、ハンナズ・ホット・スポットの3箇所に潜った。

特に、ミッドウェイ・リーフのサンゴの大群生は、目を見張る。ここも、パープルビューティーなどのハナダイ系の魚たちが雲海のように群れていた。あまり接近はできなかったが、ドロップオフでは、ツバメウオのかなり大きな群れも目撃した。

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<パープルビューティーが雲海のように群れていたミッドウェイ・リーフのサンゴ>

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<遠くを、ツバメウオの大群が横切って行った。ミッドウェイ・リーフ>

滞在したココポ・ビーチ・バンガロー(KBB)には、現在新たなダイビングサービス(ラバウルダイビングセンター(仮称))が新設されていて、今現在、ポイントの再整備などに力を入れている。

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<ココポ・ビーチ・バンガロー>

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<新設されたダイビングサービス>


ラバウルのポイントは、いま現在、かなり深いレックポイントでも、ブイが無く、GPSでポイント確認して、船から見えないレックにアンカーを投げて潜降する感じだった。しかし、以前同じPNGのケビアンやワリンディでダイビングサービスをオペレートしていたロバート・パッドフィールド氏が、マネージャーとして参加し、30近いポイントにブイを設置する作業を行っていた。

船もエンジン2台のついたボートを用意して、ゲストが安心して潜れるようにと、安全面の強化を行っている。

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<KBBのダイビングサービスが使用するダイビングボート>


Mon 16
戦後70年。ラバウルの海を潜る
2015.11.16

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<火山観測所から見たシンプソン湾。手前がラバウル市街。シンプソン湾を囲むように、右手にブルカン山、左手にタブルブル山が見える>

先日、パプアニューギニアのニューブリテン島にあるラバウルの海を潜る機会を得た。ラバウルといえば、太平洋戦争中、日本国内以外で最大の日本軍の拠点が置かれたとして、連合軍側からは、「ラバウル要塞」と呼ばれ、最大9万余の大軍が配置されていた。

戦時中、連合軍の度重なる空襲を受けて、日本の軍艦や輸送船の多くが、日本軍の司令部が置かれたシンプソン湾内部に沈んでいる。

カルデラ状の湾になっている、同湾内に沈む沈船の数は、100隻を超えると言われていて、レックダイビングのメッカでもある。しかし、1994年にシンプソン湾を挟んだ西側のブルカン山と東側のタブルブル山の同時噴火により、ラバウル市街に甚大な被害を与え、南東に20km離れたココポに新政府機関と新空港を移転した。また、海中にも多くの火山灰が体積し、これらの沈船を覆い尽くし、まともに潜れる沈船の数も噴火後には、その数を減らしたそうだ。

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<1994年の噴火で火山灰に覆われた旧ラバウル市街跡地の建造物。奥の黒い山が現在も活動を続けるタブルブル山>

今回潜ったのは、その中でももっとも大きく、しっかり形の残っている日本の貨物船。イタリー丸、シンプソン湾の外洋側で沈められた、ジョージズレックという、発見者の名前が付けられた日本軍の貨物船(名前が確認されていない)そして、水深2mと水深30mに沈んだゼロ戦2機。

イタリー丸は、水深45mの海底に、左舷を上に向けて沈んでいた。最初に透明度の悪い海中に、アンカーロープを辿って潜降したときには、横倒しになっていることを聞いていなかったので、左舷の広さに、「あれ?これは空母だったっけ?」と一瞬勘違いしてしまった。

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<アンカーロープを使い、水深30mの左舷まで潜降する>

その左側面に被弾した穴から船内に入る。ガイドに気づかれないように、静かに、そして短く手を合わせて、水深40mの船内へと潜降する。

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<被弾した穴から船内へと潜降していく>

短い暗闇ではあるが、決して気持ちの良いものではない。しばらく撮影しているうちに、すでにデコが出てしまっていた。

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<しばらくの間暗闇が続く、イタリー丸の船内>

このイタリー丸には、2度潜らせてもらった。

2mに沈むゼロ戦は素潜りで撮影し、水深30mに沈むゼロ戦には、浅いリーフからすり鉢状に落ちていくスロープを辿ってゼロ戦が沈むポイントまで移動した。火山灰の堆積した黒い海底に沈むゼロ戦。この操縦者は生還できたのか、できなかったのか。やはり最初に脳裏によぎるのは、そんな戦時中そこに生きて戦っていた人たちのことだ。

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<水深2mに沈むゼロ戦>

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<火山灰に覆われた水深30mに沈むゼロ戦>

最後に潜ったのは、ジョージズレック。外洋に沈んでいるだけに、透明度は、先の2箇所に比べて高く、巨大な貨物船ではあるが、全容が確認できる。島に向かって垂直に沈むこの船は、船首が水深12m。船尾は、水深55m付近に沈んでいる。

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<ジョージズレック>

戦時中、この船が撃沈されたのを目撃した地元の老人から語り聞いている話では、被弾した後、船長が岸に突っ込んで、少しでも多くの物資と人命を守ろうとしたのだという。しかし、沈んでいく船の周囲は真っ赤に染まっていたのだとか。

すでに、70年。しかし、まだ70年。表情には出さないが、海中に沈んだ無残な残骸を見ていると、どうしても命をかけて戦った人々のことに思いを馳せてしまい、今でも胸が締め付けられる。

その思いを無理にでもかき消そうとするかのように、自分は、この海中に沈んだ船や飛行機に息づく生命を探し、撮影することを心がけた。


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<ゼロ潜のプロペラ付近のイソギンチャクにはスパインチークアネモネフィッシュがいて、モノトーンなイメージに彩を与えてくれていた>

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<ジョージズレックにいた、ツノダシとハタタテダイ>

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<ウミシダが付着したジョージズレックの船体>

陸にも戦跡は残っている。

有名なのは、山本五十六総司令官がブーゲンビル島で撃墜される直前まで指揮を執っていた海軍司令部跡。山本バンカー

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<岩がむき出し状態の他の塹壕に比べて、内部は綺麗に壁が作られていた山本バンカー>

アンダーグランドホスピタル

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<ここで、怪我人や病人を収容していた。塹壕は、迷路のように何重にもなっていて、電気も無く、独りで入ると迷子になってしまいそうだった>

潜水艦基地(サブマリンベース)

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<外洋に面して作られた潜水艦基地。目の前はドロップオフになっていて、潜水艦を横付けできる天然のドックになっている>

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<こちらも山頂まで何重にも洞窟が彫られていた>

大型発動機艇を格納した洞窟

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<三隻の大型発動機艇が格納されていた>

などなど。

それにしても、南方の島々に残る日本軍の戦跡の多くが、こうした洞窟である場合が多い。よくこれだけの穴を掘り、そしてこの中で戦っていたなと驚かされる。果たして、今の自分に真似できるだろうか。

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<島のいたるところにこうした塹壕が掘られている>

火山灰をかぶった米軍爆撃機と、ゼロ戦が掘り起こされている場所もあった。その鉄の残骸は朽ち果て、緑の草が茂り、どこか風の谷のナウシカの腐海の森を連想させた。

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<ベティボムと呼ばれたB17爆撃機の残骸>

ココポには、戦争博物館があり、JICAの隊員が勤務している。日本の戦車の小ささに愕然とする。

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<この戦車に何人乗っていたのか>

10月に、新たに発見された戦没者4名の御遺骨が、博物館に保管してあった。来年の2月にラバウル慰霊団が訪れて、この骨を荼毘に付し、御遺灰を日本に持ち帰るのだそうだ。

70年経った今も、遺骨収集は続けられている。

慰霊碑の丘に登り、短い黙祷を捧げた。

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Sat 07
新橋BOXでのスライドトークショーとTBSでのテレビ放送
2015.11.07

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毎年恒例になっていました、新橋BOXでのスライドトークショーですが、60名募集のところ、HPやfacebookで告知する前に、すでに定員オーバーにて満席。かつキャンセル待ち状態になってしまっています。ご参加いただく皆様、ありがとうございます。また、告知をしないで満席になてしまったので、もしかしたら、時間的余裕があれば、もう一度なんらかの形でスライドトークショーを開催するかもしれません。そのときには、告知させていただきます。今年は、12月が忙しので、BOXでのスライドトークショーは11月末に開催。また11月23日・・・だったかな?にTBSにて、自分が水中撮影を担当したスリランカのクジラの放送があります。詳細はまた追ってお知らせします。

Mon 02
なぜ、プラスチック(ビニール)バッグでイルカと遊ぶことを容認しているの? ~御蔵島・ドルフィンスイムで感じた疑問~
2015.11.02

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御蔵島ドルフィンスイム1日目、午後からの2本目は、予期していた通りに、天気も崩れ、風も吹き出した。
イルカたちも、午前中よりは遊びモードで無くなってきていて、ほんとんどが通過イルカ。
ちょっと不完全燃焼のまま港に戻ろうとしたそのとき、港の目の前でイルカの群れが見えたので、最後に入ってみることに。

すると、一頭のイルカがテールにプラスチック(ビニール)バッグを引っ掛けて泳いできた。

その通過する瞬間をカメラで撮影したのだけど、急にUターンして戻ってきて、僕の目の前でクルクルと回り出し、最後には、そのプラスチックバッグを尾から離して、僕に渡すような仕草を見せた。

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<プラスチックバッグをテールに引っ掛けてやってきたイルカ>

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<踵をかえして、迫ってきて、目の前でプラスチックバッグを渡して来ようとした>

バハマでも、イルカたちとはよく海藻でパスキャッチをする。

一時期、バンダナでパスキャッチすることもブームになったことがあるが、最近ではあまりしていない。
なぜなら、イルカたちが持ち去ってしまうこともあったから。

バンダナでのパスキャッチに関しては、クルーが奨励していても、自分で持って入ることは多分ほとんどしなかった。

まったくしなかったとは言わないけど、とにかく抵抗を感じていたので積極的に行うことは無かった。
だけど、海藻でのパスキャッチは自然のものだし、特に抵抗を感じることなく楽しむことができる。

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<海藻をテールに引っ掛けて遊ぶ、バハマのタイセイヨウマダライルカ>

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<海藻を使ってイルカとパスキャッチを楽しむ>

プラスチックや釣り糸が、海洋生物や海鳥の体に食い込んでしまったり、体内から見つかり、大きな被害をもたらしていることは、海の自然環境に関わって生きている人間からすれば、当然知っていてしかるべきことだと自分は思っている。

だから、今回、イルカがプラスチックバッグを持ってきたときには、回収できたら、船に持ってかえろうと思っていたから、目の前で渡されたバッグを握りしめて撮影を行った。

すると、そのイルカ、最初は、まるで枝やボールを持っている飼い主が、いつそれを投げてくれるのかを尻尾を振って待って犬のように、僕の回りをクルクル回り出した。
はっきり言って、「可愛い」のである。

しかし、返すわけにはいかない。

すると、「返してくれない」ということに気がついたのか、今度は、僕に向かって、「返してよ〜〜〜!!」と言わんばかりに口を開けて主張してきた。
そして、その後も僕の回りをグルグル、グルグル側にいる皆の回りもグルグル。

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<他の人がプラスチックバッグを持っているのを探るかのように、他のスキンダイバーの周囲も回り続けた>

「返して!」、「だ〜め!」、「返して!」、「だめだったらだ〜め!」というようなやり取りが、かなり長い間繰り返された。

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<私のおもちゃかえして〜!と僕に抗議を続けるイルカ>

そして、とうとう他のイルカたちに促されて、そのイルカも渋々と泳ぎ去って行った。
ちょっと可哀想だったかな〜、申し訳無いな〜と思いつつも、僕はプラスチックバッグを握りしめて船に戻った。

加藤君に聞くと、「ビニール袋はイルカのお気に入りのおもちゃなんですよ〜」とのこと。
まあ、そうだろうね。
まるで、スヌーピーに登場するブランケット症候群のライナスみたいだったから。

と宿に戻り、観光局協会を訪れてパンフレットなど覗いていると、御蔵島村役場の出すパンフレットに、「好奇心が強く知能の高いイルカはよく遊ぶ生きもの。・・・・・海中にただようビニール袋は定番のおもちゃです」と書かれているのを見つけた。

「......まじか」

自分がfacebookにアップした投稿にも、先週ビニールで遊びました〜、という書き込みもいくつか。

疑問に思い、いろいろ調べてみた。

「御蔵島 イルカ ビニール」で検索すると、出てくる、出てくる。
動画やブログがたくさん出てきた。

中には、遊ぶことに対して否定的なコメントもあるけど、多くの場合、「楽しかった」とか「うらやましい」と言ったコメントが多く、「回収した」というような内容は正直、あまり見つからなかった。

疑問や多少の抵抗があっても、たくさん遊べるからってことなのかもしれない。

これだけ肯定的な内容のものがあったら、否定的なこと書くことの方が罪悪感があり、「イルカも人も、皆が楽しんでるからいいじゃん!」という多数派の意見に圧倒されて、自分もこの記事も書くのどうしようかなとか、確かにイルカがあんなに楽しんでるんだから、とか思う気持ちも無くはなかった。

でも、多くの時間、海で過ごし、海洋生物が被害にあっている現状を目の当たりにしてきた身としては、どうしても「ごめんね、楽しいかもしれないけど、だめなものはだめだよ。自分たちや、他の生き物たちに迷惑がかかるかもしれないし」と思わざるをえない。

もしかしたら、穴が空いているプラスチックバックであれば、そこに顔を突っ込んで抜けなくなる可能性だってあるわけだ。

プラスチックバッグの被害とはちょっと違うけど、以下に過去に自分が見てきた、海洋生物たちが被った被害を目の当たりにしたときの写真を何点か掲載してみた。

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<プラスチックバッグではないけど、釣り糸がテールに巻きついて、テールがボロボロになってしまったバハマのイルカ。次に会ったときには、釣り糸は無くなっていたけど、テールはご覧のような状態に>

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<長い釣り糸が身体中に巻きついているトンガのザトウクジラ。フィンや身体に食い込んでしまって取れなくなり、胸ビレを広げることもできなくなっている。弱っているからか、この後ろには、タイガーシャークをはじめ、無数のサメが付いてきていた>

小さな子供たちが、してはいけない危険なことをしていたら、いくら楽しんでいても、その子のことを思ったら、「だめだよ」と叱れる大人にならなければいけないと思う。
いくらイルカたちに嫌われることになっても。そう思うんです。

御蔵島だけでなく、今でも、どこの海に行っても、大きなプラスチックバッグを海中で見つけたら、極力回収するようにしている。

願わくば、海中で溶けるような、ペットの糞を処理する用のプラスチックバッグなどが普及してくれればそんな心配もせずにいられるのになとも思ったり。

無理してまでイルカから奪って回収することまではしなくてもいいとは思うけど、生き物たちのことを考えたら、していいこと、よくないことは、しっかり判断して海洋生物たちと遊べる人になってもらいたいと思った、久しぶりの御蔵島再訪となった。

何か良い方法は無いのかな。

皆さんはどう思いますか?

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  • mimimi
    現在は被災地への物資支援はされておられないでし...
  • 西元雅憲
    初めまして。  西元と申します。私は毎年宮古島...
  • テツ
    はじめまして、富夢の長男のテツ申します。 テー...
  • spicenesia.com
    日本でもポンペイ島、セイ農園の胡椒と胡椒の佃煮...
  • イヌミ
    おお!!さすが越智さん強運の持ち主ですね!! ...

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2016.06.28
2017年名古屋、大阪で写真展「INTO THE BLUE 〜青にとける〜」巡回展のお知らせ

2016年5月に東京・六本木ミッドタウンにある富士フォトサロンで開催し、1万人もの方にお越しいただいた写真展「INTO THE BLUE〜青にとける〜」の名古屋、大阪での巡回展日にちが確定しました。 名古屋・富士フォトサロン 2017年5月12日(金)〜5月18日(木) 大阪・富士フォトサロン 2017年6月2日(金)〜6月8日(木)

参加者の声

スペシャルトリップに参加いただいたゲストの皆様からご感想をいただきました。
>>参加者の声

What's NITO THE BLUE?

INTO THE BLUEとは?

INTO THE BLUE では、写真家・越智隆治 が、バハマ、トンガ、フロリダ、マーシャル 、 タイ、フィリピン、南アフリカなどなど、取 材で訪れた各国での体験談や変り種情 報などを、写真や動画と一緒にブログ形 式でつづっています。

越智隆治プロフィール

世界中の海を自然環境をテーマに取材を続ける水中写真家。イルカと人の関係に興味を持ち、国内外の多くの海でイルカの撮影を行っている。
>>越智隆治プロフィール

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