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クリスマスイブは、息子たちがデコレーションを担当した手作りクリスマスケーキでした。
すでに、サンタさんには、プレゼントのお願いを出していたのですが、困ったことが一つ。
直前になって、二男の颯友が、「やっぱ、クリスマスプレゼント、ルフィーのむぎわら帽子がいいから、お願い事、書きかえるね」
と言って、妻にサンタさんへのお手紙を書くのを手伝ってもらっていた。
妻は、「サンタさん、もうフィンランド出ちゃったから、今年は無理かもよ」と伝えてはいたようだけど。
その手紙に、「ママ、サンタさんは、僕のヒーローですって書いて、ねえ、書いて!」と言われ、妻が代筆した手紙も見せてもらった。ちゃんとよいしょすることも忘れない。この年からそんな処世術まで身につけているとは、と感心したが、まあ、絶対に今からじゃ無理なんだけどね。ということで、ワンピースキャラを演じていて、奴が倒しちゃったクリスマスツリーの下には、当初の予定通りのクリスマスプレゼントが飾られていました。
ケーキは美味しかったです。メリークリスマス!
最近、息子たちは本当にOne Pieceにハマっている。
昨日、テレビを観ていたら、二男の颯友が「ねえ、写真撮って」というので、「何するの?」と訪ねたら、刀のおもちゃを構えて、
颯友「はなうたさんちょう〜、やはずぎり!ズバ!」
父「あ〜、ブルックね〜」
颯友「次、ちょっとまっへへね」
と言いながら、その刀を口にくわえ、ディズニーで買った、海賊の剣を両手に持ち、
颯友「おにぎり!」
父「お、ゾロだね。すぐにわかるな。でも、足は内股だね」
颯友「コリエ!!」
父「サンジね」
颯友「それで次はね〜、ゴムゴムの〜」
颯友「てっぽう!!」
父「ルフィね、楽しそうだね〜」
「えっと。次は〜、かえんぼし!!!」
父「ウソップの技も覚えてるんだ。やるな〜。じゃあ、ロビンは?」
颯友「え、わかんない」
父「ここまで来たら、全員やろうよ」
颯友「え〜、んと、こんな感じ?」
父「そうそう、クラッチ!って感じ?」
颯友「でね、チョッパーがね、こくていロゼオ!」
父「やるね〜、次、ナミは?」
颯友「ナミは棒が無いからできないよ。あ!空手の棒があった!」
と言って、空手の棒術の稽古のときに使う、棒を持って来る。
母「危ないから振り回さないよ。少し前に出なさい」
颯友「サンダー!チャージ!!」 ぼこっ
父「あ!」
母「ほら〜、言ったでしょ。もっと前に出なさいって〜」
颯友「ごめんなさい〜」
父「あ〜、もう終わりにする?」
颯友「あと、フランキー、あとフランキーだけだから!!フランキーだけは絶対やらせて!」
父「じゃあ、やってみな」
颯友「いくよ〜!フランキーニップル〜ライト〜!!きゃはははは〜」
父「・・・・もしかして、その前のは、ここまでのフリのつもりだったのか?であれば、長過ぎる・・・。しかもニップルライトは乳首が光るライトであって、技じゃないような・・・、まあ一応技か」
どうでもいいんだけど、KARAの歌、全然効聞けなかったんだけど。
昨日は、ここに住む前に住んでいた所で子供たちのクリスマスパーティーがあり、妻と海友と颯友ででかけた。
夜8時過ぎに、帰ってきたのは、妻と5歳の二男、颯友だけだった。プレゼントと一緒に抱きかかえられて戻ってきたから、二人とも遊び疲れて眠ってしまって、車で起きないから、先に颯友だけ連れてきたのかと思ったら、海友はお泊まりだとのこと。
颯友は、朝起きて、早速そのパーティーでもらったプレゼントを開けて遊び出した。なんか暗闇でお化けを撃つシューティングゲーム。かなり気に入ったらしく、何度も何度も繰り返し遊んでいた。
「良かったじゃん、サンタさんからもらっただろ、それ〜」
と訪ねると、「違うよ、ニセサンタだよ」との返事。
「え〜、本物じゃないの〜?でないとニセのサンタさんが颯友にプレゼントくれる理由が無いじゃん」
と言うと、
颯友「違うよ、誰かが、ニセサンタのおじさんに先におもちゃ買って渡したんだよ!」
父「でもさ〜、何でニセってわかるの?第一誰がその人にプレゼント渡したのさ?」
颯友「だって、あのサンタ洋服の下に別の服着てたよ。本物なら、別の服なんか着てないよね〜。誰がプレゼント渡したかはわからないけど、あれは絶対本物じゃないよ!」
5歳で、もうサンタを信じなくなっているのは、兄や年上の友だちがいるからなのかとちょっとがっかりしたのだけど、その直後に、
颯友「本物のサンタさんはね〜、見ちゃいけないんだよ。見えないんだよ!」と語気を荒げて言うのを聞いて少し嬉しくなった。
まあ、偽サンタのプレゼントであろうとも、相当に気に入って遊んでいるから、それはそれで良かったのかな。
ちなみに、これは今日の東京湾
曇天だけど、こんな空も悪く無いですね。
震災後、多くの方から援助物資を送って頂き、宮城県の石巻や、福島県の相馬市、岩手の大船渡の方へ転送した。こちらで留める事の無いようにしていたのだけど、唯一、送り先がなかなか決まらない物資があった。それが、大量に送られてきた、ミニカーや車や昆虫のフィギアだった。大きな段ボール箱にして、20数個くらい。
亡くなられたお兄さんのコレクションだったというそれらの物を、妹さんたちが、「被災地の子供たちが喜んでくれるのであれば」と送ってくれた。最初聞いたときには、せいぜい段ボール箱数個くらいだと思っていたので、まさかこんなにあるとはと途方に暮れた。
震災直後などには、「絵本を送って欲しい」という問い合わせはあっても、「ミニカーはいりませんか?」と訪ねても、「ミニカーはちょっと。。」と言われてしまうことが多くて、どうしようかと悩んでいた。
石巻に物資を届ける人に何箱か持って行ってもらったり、岩手に送ったりはしたものの、大量に送り届けて迷惑にならないかと気兼ねもした。
中を開けてみると、相当年代もののコレクションもあり、「これはオークションとかに出品して、お金にかえて義援金にして寄付した方が良いかもしれません」と送り主に伝えると、「それでも構いません」との事だったので、オークションに数十点出してみたところ、すごい勢いで買い手が着いた。そのお金は義援金として、寄付した。
しかし、ロケの続く忙しい合間をぬって自分でオークションの対応をするのはあまりに厳しかったので、こちらも途中で挫折してしまった。
「被災地でなくても、欲しいという子にあげてもらえればいいです」としばらくしてからまた返事を頂いたので、自分の知りうる限りの、ミニカーで遊びたがる世代の子供に小さな箱に詰めてミニカーを送った。
そして、クリスマス前、再度何カ所かに問い合わせしてみたら、クリスマスのプレゼントにもなるから送って下さいと言われて、相当な数を送ることができた。
一つ感心したことがある。海友と颯友、特に5歳の颯友はミニカーで遊びたい年齢。家の中に山積みになっているミニカーの箱を覗き込んでは、遊びたそうにしていたけど、「これは地震や津波でおもちゃ無くなっちゃった子供たちにあげる大事なおもちゃだから、さわっちゃだめだよ」という父と母の言葉を理解して、一切手をつけなかったことだ。
ずっと我慢していたから、皆へ送るミニカーの中から、二人の気に入ったものを選んで渡してあげた。颯友は、兄のお下がりの古い自分のミニカーと一緒に、新品のミニカーを何度も何度も並べて遊んでいる。相当嬉しかったみたいだ。
オークションにかけるのも、「手伝います」と言ってくれる人が現れたので、段ボール箱に整理して送った。送れずに一つの部屋に山積みになっていたミニカーの段ボール箱もかなり少なくなってきた。
12月17日土曜日と18日の日曜日には、パーティーが続いた。一つは、岩手のガレキ撤去作業を続けている、くまちゃんと、三陸ボランティアダイバーズの忘年会。熱海の温泉宿で泊まりで開催された。40人程のメンバーが集まり、仮装大会?やビンゴゲームなどをして盛り上がった。
後半、津波後の活動を綴ったビデオでは、感激して涙を流す人たちも。それに、最後の挨拶では、三陸VDをNPO法人として、認可させた立役者の早乙女君(副理事)が、くまちゃんを信じて、ここまでやってきた事、活動に参加してくれた人たちに涙を流しながら、感謝の言葉を述べた。
自分は、お酒を沢山つがれて、早々に顔赤くしていただけだったけど(これでも一応理事になっている)。おまけに、ずるしてビンゴの景品を2つもらい、宴会で皆が残したみかんを、「子供が好きだから」と紙袋に沢山いれて、持ち帰ったりしてた。
宴会が終わった後も、それぞれの部屋で2次会とかが行なわれたのだけど、翌日も家の方でホームパーティーがあったので、別の部屋に行って、早めに寝かせてもらった。
朝5時に起きて、熱海6時30分発の新幹線に乗り、新浦安の家に帰り着いたのは、8時くらい。2時間弱で帰れちゃうんだな〜と感心。でも、せっかくの温泉宿なのに、温泉に入らずに帰ったのは、ちょっと残念だったかな。
で、日曜日には、近所の赤ちゃんのいる家族とホームパーティー。しかも、双子2組。海友と颯友がお兄ちゃんになった日。
と言っても、海友は、近所のお母さんたちにも感心されるくらい、赤ちゃんや小さい子の面倒を見るのが好きなので、この日もこんな感じで赤ちゃんを抱っこしたりしていた。でも、あまりに赤ちゃんが多過ぎて、誰の面倒を見れば良いのかちょっと途方に暮れていた感じでもあった。
今日家に遊びに来てくれたご家族は、震災の後、妻がマーケットで物資を購入し、レジでお金を払おうとしたら、財布を忘れていて、途方に暮れていた。それに気づいて、わざわざ離れたレジにいて、お姉ちゃんと双子の赤ちゃんを連れていたにも関わらず、お金を貸しに来てくれたのがご縁で、仲良くなった。自分も子供たち連れて物資購入に来ている大変な時でさえ、災時とはいえ、まったく知らない他人の事を思いやってくれたその気持ちに、妻は本当に感謝していた。
三陸VDの人たちとも、このご家族とも、あの地震をきっかけに知り合いになった人たち。「誰かのために、何かをしてあげたい」と心と身体が自然に動いて、それを当たり前のようにできる人たち。
色々な人たちとの、色々な出会いがあるけど、こういう縁は、いつまでも大切にしていきたいと思う。
今でも新浦安や舞浜の公園とか、地震の液状化で壊れてしまった箇所がそのままの状態になっているところも多い。
それでも、気にせずに子供たちは元気に遊んでいる。
ちなみに、長男の海友は今、前歯の乳歯が2カ所抜けている。
二男の颯友は、微妙に反抗期な今日このごろ。何を言っても、この顔で返事する。
父「颯友、ちゃんとご飯たべろよ!」
颯友「へん!」
父「颯友、遊んだらちゃんと片付けろよ!」
颯友「へん!」
父「颯友、そろそろお風呂は入れよ!」
颯友「へん!」
父「颯友、かっこいいじゃ〜ん!」
颯友「へん!」
父「かわいいじゃ〜ん」
颯友「へん!」
・・・・、別に反抗期はいいんだけど、今までみたいな、バリエーションに富んだリアクションが見れなくて、父としてはちょっと欲求不満だ。
この日も晩ご飯食べていて、箸芸を始めた。
颯友「パパ〜見て〜」
父「何?」
颯友「きば!」
父「・・・・・」
で、普通ならここで、「食事中に箸で遊ぶのはやめろ!」というのが普通の親なのだと思うのだけど、実はこのネタは最近何度か見てて、特に面白くも無かったので、
父「なんか、最近、同じネタばっかでつまらなくない?」
と伝えると、ちょっと、愕然とした表情で固まる颯友。
それはまずいと思ったのか、急に箸で連続瞬間芸を始める颯友
颯友「目キバ!」
颯友「横に広がったキバ!」
父「・・・・、ダメ、イマイチだな。キバネタ自体がいまいちだ」
その言葉に、再度愕然とし、落ち込む二男なのだった。
そうじゃなくて、食事中に箸で遊ばせる事自体がダメだったと、このブログを書いていてちょっと反省した。
昨日は、新橋にあるBOXでスライド&トークショーだった。多くの方に来て頂き、本当に感謝しています。ありがとうございました。
しかし、「いつもの事」とは言われるものの、今回は本当にギリギリまでスライドが完成しなかった。というよりは、実際には予定していたテーマのスライドショーを完成させることができなったので、早々にビールを飲んで酔っぱらって、その勢いでごまかして乗り切った。
言い訳をするようだけど、今回はかなり急な事だったし、直前に岩手にボランティアの取材に行っていたので、写真セレクトがスライドショーの前日、スライドを作り始めたのが、当日の朝4時くらいからだった。
なんとか時間までに間に合わせようと思っていたら、前日寝る前に「明日は颯友の表現の集いと、海友の学校の学校祭で、社会見学発表会があるからよろしくね」との妻の一言に、「え〜〜〜、明日だったけ?」。
妻「何?何かあるの?」
僕「だって、スライドショー、明日だって言っておいたじゃん」
妻「まだできてないの?表現の集いと学校祭も明日だって言っておいたよ」
僕「無理だよ、無理、スライド間に合わない」
妻「え〜〜〜、颯友の発表会と、海友の発表会、ギリギリで両方見れるんだよ」
僕「だって、スライド作らないと、なんとか徹夜で頑張ってみるけど、ダメだったら,行けないよ〜。だから明日の朝判断するよ」
妻「もう〜、じゃあ、カメラだけ借りてもいいの、用意しておいてね」
というようなやり取りが行なわれた直後、「徹夜で頑張る」と言っていた僕は、あっと言う間に睡魔に襲われ、気づいたら、いつものように9時には眠りにつき、夜中の12時に慌てて目を覚まして、写真セレクトと、スライドショーの作成に取りかかったのだった。
で、翌日の朝は激しい雨。まだスライドはできていないけど、こんな状態で子供たちの発表会を妻一人に任せるのは、あまりにも申し訳ないし、子供たちのが終わってから、時間までに何とか完成させるアイディアを考えて、朝起きて来た妻に「大丈夫、両方とも行くよ」と伝えた。
実際、見に行きたかったし。しかし、妻が「分担して行こうよ。私が颯友の方見に行くから、父は海友の方に行って。雨だし、間に合わないといけないから」と言ってくれた。
ということで、この日は、颯友は、劇と音楽発表会。
普段見慣れている小ちゃい二男の颯友も、こうして写真で見ると、かなりしっかりして見えるときもあるな。
そして、海友は以前颯友の通う幼稚園を友達と一緒に社会見学に行ったときの発表会をそれぞれ行なった。
日本にいれる間は少しでもこういう行事に参加してあげないとと思う。特に長男の海友の方は、今すごく自分に色々見てもらいたい、という気持ちが強いような気がするから。
これは、自分の発表会が終わって、兄の小学校にやってきた颯友が、あさりちゃん(?)という千葉のキャラクターと一緒に撮った記念写真。
これを撮影した直後に、3人を置いて自分だけ家に戻り、スライド作成作業に戻ったのでした。
ちなみに、こんな写真で自分の心境を表現してみました。写真は、救助信号用の黄色い液が漏れだして、どうしようもできないでいる某デイドリームの僕の尊敬するガイド、S子さんと、ちょっと引き気味に、一体どうするのだろうと、様子を伺うゲストダイバーの人たち。
もちろん、トーク中のアルコールは必須でした。
ええ、酔わないとやってられませんから。
今回は、3組の子供連れの参加者も。BOXの二階席でくつろいで、スライドショーを楽しんで頂きました。
ありがとうございました〜。