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年明けから、早速撮影に行く。2006年末は子育てのために、仕事を入れずにいて鈍った身体が多少心配だ。場所は西オーストラリアのエスペランスとパース近海。エスペランスではリーフィーシードラゴン、パース近海ではオーストラリアアシカを撮影する。

昨日、Panasonic Lumix FX01のニューバージョン、FX07が届いた。形はほとんど同じなので、FX01のマリンケースをそのまま使用できる。特に大きな違いは、FX01がISO400までなのに対して、FX07は、ISO1250までの感度が得られる。
僕は電送車に駆け込んだ。、各撮影位置の同僚たちから、現場の状況を無線で知らされていた現場キャップの照○さんは、「他は全滅だよ。お前らに期待するしかないな」。そう言って、僕からフィルム受け取ると、現像機に通した。
(どうか写っていますように・・・)フィルムが出てくるまでの間、天に祈るような気持ちで待った。
ロールのまま現像機から出てきた3本のネガフォルムを、照○さんがルーペを使ってチェックした。「写ってないっすか?」と問う僕に、「う~ん・・・だめかな~」。そういって、再度同じフィルムを入念にチェックした。
しばらくすると、僕らへのちょっとした疑惑も晴れ、報道関係者らは皆警官隊が入っていったサティアン内の動向に注目し続けていた。僕らも準備は完了。いつ麻原が逮捕され、建物の中から外に連行されても撮影できる体勢が整っていた。
警察側からも、麻原を「引き回す」という情報が入っていた。報道関係者の間で専門用語になっているこの言葉。これは報道関係者が撮影できるように、顔が見えるようにじっくり時間をかけて連行することである。要するに「江戸時代とかの市中引き回しの刑」から来ている。犯罪者の人権問題が取りざたされる昨今にしては、異例のことだった。自分自身、この業界にいて「引き回す」という言葉を現場で聴いたのは実はこのときが初めてだった。
疲労感を伴った深い眠りから覚めるとき、ほんの一瞬自分が今何をしているのかがわからなくなるときがある。ぼ~っとしながら、すでに明るくなっていた周囲を見回して、自分が車内にいることに気がついた。月夜にも関わらず横殴りの雨が吹き付ける、昨夜の非現実的な状況は、夢ではなかったわけだ。
時計を見る。「え、6時!もう強制捜査の入る時間じゃん!」慌てて跳ね起きた。なぜこの状況で僕だけ取り残されているのか。何で同僚たちは自分を起こしにきてくれなかったのか・・・。戸惑いと苛立ち、そして焦りを感じながら、カメラバックとカメラを引っつかんで慌てて車外に出た。
1995年5月15日夜、僕は当時の上九一色村(2006年3月1日2分割され、北部の梯・古関地区は甲府市に編入され、南部の精進・本栖・富士ヶ嶺地区は富士河口湖町に編入された。五千円札の富士山の画像が、この付近を写しているのは有名である)にあるオウム真理教の第6サティアンの入り口前にいた。
深夜を過ぎ、空には月が輝いているのに、何故か横殴りの雨が吹き付けるという、不気味な天候。僕は空にある月を見上げながら、(何でこんなことになるんだよ・・・)と張り込み用に設置した椅子に腰かけて、防寒具のフードを目深に被り、両手を、ほっかいろを入れたポケットに突っ込んで、ちじこまっていた。目の前には、強力な光量を発光することができる、巨大ストロボと望遠レンズを設置したカメラが三脚に備え付けてあった。

昨日、ラストサムライを見た。それに12月8日は太平洋戦争開戦記念日で、翌日から公開されている「硫黄島からの手紙」が話題になってるということで、昔撮影した渡辺謙さんの写真

これも新聞社時代の話し。ある日、某雑誌社で働いていた友人から「来日しているエマニエル・ベアールのインタビューするんだけど、撮影頼める?」という連絡が入った。