INTOTHEBLUE 水中写真家  越智隆治

Photographer Takaji Ochi Official Site INTOTHEBLUE水中写真家 越智隆治

Official SNS
Facebook
Twitter
Instagrum

Blog

Photographers Diary

阪神淡路大震災から15年。記者たちの闘い

2010.01.19 / Author.

ポンペイから帰国して、何気なく妻が録画していたテレビ番組のリストを見ていたら、「阪神-淡路大震災から15年神戸新聞の7日間 命と向き合った被災記者たちの闘い」というドラマがあった。震災直後、崩壊した自社社屋に集まった神戸新聞記者たちのが、必死の思いで、被災した地元の人たちのために、京都新聞の協力を経て、新聞を発行していく状況が事実と実存の記者の体験談を元に、再現されたドラマだ。

自分も15年前は、新聞社の写真記者として、その惨状を取材する側の人間だった。ドラマの中で描かれる、取材記者の心の葛藤。それは、新聞社に在籍していた頃には、自分自身にも多かれ少なかれ存在していたものだった。
同じような道を歩んでいた者として、ドラマを見続けている間、何度も胸に込み上げるものがあり、目頭が熱くなった。
「人間を撮れ」それが口癖だった上司の言葉に、共感しながらも、実際に被災した現場でそれを撮ることがいかに苦痛でやりきれないものだったかは、十分に察しがつく。
誰も、認めてはくれない。それどこか、「撮るんじゃね〜!」と罵声を浴びせられ、のこぎりやハンマーを投げつけられた同僚もいた。
何のために、撮るのか?何のために新聞を作るのか?そんな葛藤や疑問を、このドラマでは代弁してくれていた。
「被災者に情報を伝えるために、新聞を作るために、皆一心不乱に働いている。せやから俺も、精一杯やりたいんや。もうあかん、そんなところまでやりたいんや」
「新聞、ありがとう、大切に読ましてもらうわ」
「当時の新聞を大切に保管している読者がいる」
「地元の誇り」
「レンズを向けるのが恐い」
心の葛藤
「相手を傷つける恐怖」
「写真を撮る意味を見失う」
「人間撮れとるか?」
「苦しんだり、悲しんだりする人を撮ることに、何の意味があるのか」
「家族を亡くした、恋人を亡くした、そいういう思いを記録して伝える。それが新聞記者のつとめだ」
「逃げるな、人間撮って来い」
「まともな写真が撮れなくなっていた
身体が反応しない」
「骨となった遺骨に「すいません、すいません」と何度も誤りながら写真を撮るカメラマン。数枚の写真を撮った後に手を合わせ、遺骨を探す子供と一緒に骨を探す」
「5年10年たったら、皆忘れてしまう」
「撮るしかないやろ!」
「撮るしかないんやろ!」
「人間の心の痛み」
「大きな取材の壁に毎日突き当たる」
「我々に、被災者の不安やつらさに、どれだけこたえ、ねぎらう用意があったのか」
「死者の数ではない」
「辛い記事はいらない。希望を与える記事を」
「必死に生きる人の姿を」
「生きていた証を残す。だから写真撮ってもいいですか?」
「撮る人の思いが、書く人の思いが、写真や記事の価値をかえる」
「要領よく立ち回ることが、人間の生き方ではない」
「傷ついた人にレンズを向けるとき、今もためらいがないとは言えないけど
自分のできることをやろうと決めた
必死の思いで新聞をつくると決めた」
「読者からの手紙
神戸新聞読んだって下さい、お金はいりません神戸新聞読んだって下さい。ありがとう。販売店の店主が声をからしながら配っていた。震災で配る家がない。
記者が命がけで書いた記事、目を赤くして編集した新聞を捨ててはいけない。だから読んでください」
「毎日の小さな記録を積み重ねて行く。それが僕たちの仕事なのかもしれない」
、、、、、、、、。
僕は、いつの間にかノートとペンを取って、心に残った一つ一つの言葉に自分の思いを重ねて書き綴っていた。
損得じゃなく、誰かのためになろうと、何かを必死にやっていること。自分のやれることを全うしようとする使命感。それは、やっぱり人の心を動かすものだと思った。そして、今の自分には、あの頃の熱い思いはあるのだろうか。
無いわけじゃない。無いわけない。ぬるま湯に使っていた心に自問自答していた。

RecentEntry

  • カテゴリーなし