KID'S DIARY 子育て日記

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子育て日記

Thu 24
新浦安、停電小人の誤算
2011.03.24

前回、停電すると出て来る小人の話を書いた。暴れる息子たちを寝かしつけるために思いついた作戦だったのだが、予想外の展開を見せ始めた。

翌朝、正座して挨拶、2分間の黙祷、腕立て伏せを終えて、朝食を食べ終えた後の事。

海友「ねえ、パパ、小人ってどんな感じだったの?」

父「え?小人?」

長男の海友が聞いてきた。

海友「そう、小人、見たんでしょ?」

父(お、おまえ〜、まさか、、、し、信じてたのか?)「お、おお、まあ、見たよ」

海友「じゃあさ、どんな感じだったか描けるでしょ。描いてみせてよ」

父「え?描くの?」

海友「うん、そう」颯友「ハヤトも見た〜い!」

父「・・・まずはだな、お前らが想像して描いてみな。パパ、今忙しいから」

海颯「え〜〜」

父「いいから描けって言ってんだろ!」と言いながら、二人に眼を飛ばす。

しぶしぶながら、画用紙に描き始めた二人。

颯友「ね〜パ〜パ〜、こんな感じ?」

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父「う〜ん、もっとこう、ムッとしてるっていうの」また描き始める。

颯友「じゃあ、こんな感じ?」

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父「う〜ん、もうちょい、恐い感じ?」

颯友「じゃあ、これは?」

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父「う〜ん、近い!かなり近くなてきた〜!」と平気で嘘をつく。

海友「で、身体はどんな感じだったの?」

父「う〜んと、え〜っと、ちょっと太ってる感じで〜、あたまにハートの形のあるかぶり物みたいの被ってたかな〜」とまたまた平気で嘘をつく。

しばらくして、

海友「こんな感じ?」

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父「そうじゃないんだな〜、もう少しこう、頭のさきっぽが長くてその先がハートっていうの?」

海友「じゃあ、これは?」

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父「お、大分近くなってきた!そんな感じ、そんな感じ!」嘘つき。。。

海友「でも、槍も持ってたって言ってたよね?」

父「そうそう、持ってた、持ってた。危なかったんもん。あれで目つつかれたら痛いぞ〜、きっと。だから布団に隠れてないとだめなんだよ」

  しばらくして、

海友「じゃあ〜、こんな感じはどう?」

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父、「ピンポン,ピンポン、ピンポ〜ン!はい,正解。それ、まさにそれ!顔もそんな感じ!」

海颯、「え〜、本当に、なんかさ〜、もう忙しくないんでしょ。ずっとここにいるもんね〜。パパも描いてよ〜」

父「え〜、しょうがないな〜」

しばらくして

父「はい、これ、こんな感じ、ちょっとムッとしてるっていうの?」

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海颯「え?これ?全然恐くないじゃん」

父「だから恐いとは言ってないだろ、ムッとしてるだけだって言ってるじゃん」

颯友「これ、かわいいじゃん。こわくないね」

そう言うと、しばらくして二人が、「ねえパ〜パ〜、小人んとこ行こ」とせがむ。まだ昼過ぎだ。

父「だから〜、あの小人は、停電にならないと出て来ないんだよ。だから今日は停電無くなったし、停電になっても明るい時間帯だと見れないと思うよ」

と言うと、

海颯「お部屋真っ暗にすればいいでしょ。ねえ、(小人の)部屋に行こうよ〜。行こうよ〜」としつこくせがみ始める。しまった、こんなに食いつきが良いとは思わなかった。。。。

父「わかったよ。じゃあ、毛布もってきて〜、、、、って言うか、海友、その格好は何?」

海友「え、だって槍投げてくるんでしょ?だからこれで、ガードしてるんだよ」

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父「、、、、お、お前、信じてなさそうだったのに、バリバリ信じてたのね、、、、」

海友「え?何?」

父「い、いえ、何でもありません。でも、停電じゃないからきっといないって」

海颯「だって停電じゃなくてもでるかもしれないじゃん」と結局、小人見るまでは、引き下がらない息子たちに付き合って、昼間っから「停電になると、小人の出る部屋へ」。

1時間以上、布団に隠れて結局小人は姿を見せない。

父「な〜だから言っただろ。小人さんは、停電して周りが真っ暗にならないとやって来ないんだって」   大嘘。

海颯「明日、停電にならないかな〜」

父(そうそう、なってもらっては困ります)

今日も沢山の救援物資が皆さんから届きました。海外からの物資も届き始めています。バッテリーや衣類。ありがとうございます。責任を持って、被災地に送ります。

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Thu 24
新浦安、2日に1回ペースの計画停電のたびに、ちょっとムッとした小人がやってくる部屋
2011.03.24

一昨日、写真集の打ち合わせと、インタビュー取材で、震災後初めて東京に行った。ところどころ、節電で地下鉄のホームも暗い感じだし、エスカレーター止まっているし、なんだか、学生時代、ベルリンの壁崩壊後に、放浪した当時の東欧諸国のような印象だった。

この震災で、写真集に使う予定だった紙が、石巻の工場で作られているもので、全部流されたと聞いていたので、出版できなくなるのではと諦めていた。しかし、継続して作るということに決まったと聞いて、少しほっとした。

インタビューは、中国版の写真雑誌、キャパの取材だった。

昨日も7時から、計画停電で暗くなった。今回まで、どうせ水が出なかったから気がつかなかったけど、停電になると僕らの住むマンションは、どうやら水も出なくなるらしい。昨晩の停電で、妻は「停電になったら、水も出ないみたい」というので初めて知った。

まあ、そんな事はどうでもいいや。Twitterでもつぶやいたけど、停電になって困るのは、暗くなって、エレベーターも使えなくなり、階段で仮設トイレまで行かなければいけないことでも、水が使えなくなる事でもない。

息子たちが、急に興奮して、サルみたいになってしまうことだ。夜7時、一番子供たちには、微妙な時間帯。興奮するのもわかるけど、はっきり言って、静かにしていて欲しい。

そこで、思いついたのが、停電になると、普段誰も使っていない部屋に、小人が現れるという作り話。LEDライトを灯して、その部屋い行くと、小人が動き回っているらしく、ライトを照らして、目が合うと、まぶしくて、ちょっとムッとした顔をしているのだ。

もちろん、目撃者は僕一人なんだけど。そして、さすがに小学校1年の海友は、「え〜うそでしょ」と言いつつも、興味があるらしい。一番効果てきめんなのが、4歳の颯友だ。"見たいけど、恐い"らしく、「パパ、一緒に行こ!」と言う。

「一人で行って来いよ」というと、

「やだ、恐い〜!一緒じゃないと恐い〜」

と言うので、「じゃあ、あの部屋のベッドから、布団に隠れて様子見てみようか、静かにしてると、出て来るかもしれないから。ライトはつけちゃダメだぞ。照らすと怒るから」

そう言って、3人で布団を被って、くっついてじっとしている。

「ねえ、パパ、いた?」と小声で颯友が聞いて来る。

「いや、いないな〜。もっと静かにしてないとダメなんじゃないか」

声をひそめる3人。しばらくして

「ねえ、パパ、まだ、いない?」

「、、、、、し、静かに!今そっちで何か動いた!」

「え〜!!!、どこどこ!どこ!」

「颯友、見てこいよ」

「え、やだよ〜、やばいじゃん!」

「じゃあ、パパが見てくるよ」

「だめだよ!危ないよ!怒ってるんでしょ、隠れてないとダメだよ!」

「それじゃあ、見えないよ。いいの?」

そう言うと、意を決したように、ライトを着けて、布団をはぎ取り、起き上がって、

「どこだ〜!!、出てこ〜い!!、俺が恐いのか〜!!」

と叫んですぐに、布団の中に潜り込んで来た。恐いのはお前だろ〜。

「どう、パパ、どう?」颯友が必死に聞いてくる。その横で海友は半信半疑ながら笑いをこらえている。

「あんな大声出したから、小人、ムッとしながらドアの下から出てっちゃったよ。多分皆が寝る部屋に行ったと思う」そう言うと、

「え、まじで、じゃあパパ、ハヤトたちも、ベッドに行こ!行こ!」と言って、3人でベッドへ。

「ここでも暗くしてないと、小人,出てこないぞ。静かにしてろよ」と言って、黙らせる。そうしているうちに、眠ってしまう。

と、こういう作戦で、どうにか眠りにつかせている。

キーポイントは、小人は、"ちょっとムッとしている"点だ。"優しそう"だと、探しまわるし、"メチャクチャ恐い"と、夜悪夢を見かねない。ということで、"ちょっとムッとしている"わけだ。

問題なのは、子供だけ寝かしつける作戦のはずが、自分も一緒に眠ってしまうことだ。

朝の正座して挨拶、2分の黙祷、そのあとの腕立て伏せは、意外にもまだ二人とも飽きずに続けている。


Sun 20
地震から10日目の新浦安での生活。岩手への援助物資
2011.03.20

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地震から、9日目、車で5分ほどのところにある、妻の姉の家で水が出るようになり、家族4人でお風呂を借りに行く。久しぶりのお風呂はやっぱり気持ち良い。

その後、義父母の家に、LEDライトを渡し、食事をして輪番停電前に帰宅。

停電直前に、下の宅配ボックスに荷物が届く。妻が「取って来れる?」と聞くので慌てて13階から、1階までエレベーターで降りる。時間は6時57分。自分は何故か7時20分から停電と思っていたので、ダッシュすれば大丈夫と思って、荷物を受け取って、エレベーターに乗ろうとしたら、「7時から停電」の張り紙が貼ってあったので、乗るのをやめて、階段で上がることにする。13階に行き着く途中で停電。閉じ込められなくてラッキーだった。

送られてきたのは、何個かのLEDライト。しかし、送り主が僕も妻も名前に記憶が無い。送ってくれた方、ご連絡下さい。ありがとうございます。

近所にも、懐中電灯がまったく手に入らず、上下水道もまだ使えないので、階下の仮設トイレまでいかなければいけない人がいるので、その人たちにもLEDライトを譲ってあげた。こういう状況だから、ライトが手に入って本当に助かった。送って頂いた方、本当にありがとうございます。

噂では、1ヶ月は下水道は使えないらしい。排水ができないのは、結構不便だ。しかし、子供たちは、そんな事まったく気にせず、小猿の兄弟のように、家の中で暴れ回る。

停電になって、さらにテンションが上がっている。

「いい加減にしろ!お前ら、サルか!」と怒鳴りつけるが、奴らは怯むことなく、急に二人して、「うき〜!うき〜!」「うき〜!うき〜!」言いながら暴れ回り始める。

そして、二男が僕の目の前に来て、自分の顔に下からライトを当てて質問をする。「ねえ、何だと思う?」

「何が?」

「カイトとハヤト、何だと思う?」

「何って、何?おばけ?」

「サルなんだよ、うき〜!うき〜!カイトとハヤト、サルなんだよ」
と言いながら、また暴れ始める。

まったく危機感の「き」の字も感じられない。「眠るしかないな」と思った。でも、その前に奴らのみぞおちにパンチを食らわして、ふか〜い眠りにつかせなければとも思った。
実際にはしないけど。

数日前からそんな暴れん坊たちに、朝の日課をかすことにした。朝起きたら、まず正座して、「おはようございます」と父と母に言う。その後1分以上の黙祷、それが終わったら、15回の腕立て伏せ。

やらないかと思ったら、結構続いている。と言っても、4日目だけど。ただ、ここでも、二男は、黙祷を一緒にやっていて、「背筋伸ばして!」「あくびしない!」と注意をしていて、「はい、目をあけて!」と言って、目を開けさせた途端、手をあげて「はい、しつもんがあります」というので、「なんだ?」と聞くと、

「パパも一緒に目をつぶってるんだよね〜?」

「そうだよ」

「じゃあ、何でハヤトがあくびしたのわかるの?ねえ、何で?」

と追求をする。(こ、こいつは。。。)頭をひっぱたこうかと思った。

そして腕立てふせになると、二男は僕の下に潜り込み、そこで腕立てふせをしよおうとする。

「そこじゃあ、パパが腕立てできないだろ!潰すぞ!」

「にゃはは〜!」

「にゃはは〜!じゃない、このやろ〜」と言って、今度は本当に潰す。

夜寝るときには、妻と子供が先にベッドに入っている。リビングにいてニュース観てると、ベッドルームから、3人で仮面ライダーオーズのテーマソングを大声で歌っているのが聞こえてきた。

歌うときも二男は、巻き舌である。本当に品がない。

10日目、岩手県の花巻市、被災した自分の地元で、被災者を助ける活動をしている、くまちゃんというタイのタオ島で知り合ったガイドに、援助物資を送ることにした。闇雲に送っても、無駄になったり、邪魔になってしまってもと思っていた。だから、受け取り先が明確で、ちゃんと皆に分けてもらえる人が現れたのであれば、そこに送ってあげるくらいしか、今の僕らには、震災で被害を受けた人たちに何か手助けしてあげれる良い手段がない。

連絡をつくし、欲しいものは何で、いらないものはいらないと言ってもらえるから、こちらも皆に協力をつのりやすい。

この日は1日、外に出ないで、家で援助物資に関して協力してくれる人からの連絡の対応と、現地への連絡をしていた。外には、ボランティアで、浦安市の復興のために、スコップを持って作業してくれている人たちで溢れていると、買い出しに出かけていた妻から教えられた。「写真撮影してくれば」と言われたけど、この日は、連絡に追われてたり、送る物資の準備でそれどころではなかった。

日本ではどこに行っても、なかなか手に入らない単一電池、facebookで海外の人たちに問いかけしたら、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、台湾、香港、マレーシア、ロシア、などなそ、様々な国から電池を送るという申し出をもらい、実際に送る手配をしてくれた。

世界中の人が、被災した日本人のために何かをしようとしてくれている。本当にありがたい。

被災地の岩手までの物資輸送は佐川急便だけが受け付けてくれた。花巻支店留めになるがということだけど、それでも、送れるのであればありがたい。

この日、様々な物資合計段ボール8個を送った。他にも協力くてくれる人たちが現れて、全部で合計20個の段ボールが日本全国から、岩手県の花巻まで発送された。明日も送ってくれるという人たちがいる。

今、自分にできることはこれくらいだ。

夜、やっと水が出るようになった。
しかし、下水はまだ壊れたままなので、多量の水を流したり、トイレットペーパーや汚水は流さないで欲しいと通達があった。

それでも、嬉しい。

Fri 18
地震から8日目の新浦安での生活。救援物資ありがとう。
2011.03.18

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21日から予定していたインドロケはキャンセルした。家族を残して行くことはできない。ロケ先の、ediveの恭ちゃんからは「僕らもカオラックで経験してる事。もう独身じゃないんだから、今は家族の皆と一緒に居てあげてください。また越智家の皆に会える日を楽しみにしてます」とメールをもらう。

16日、二男颯友の友達母子が家に来た。男の子3人、上は海友と同じ年。合計男の子5人。外で遊べないから、家で大暴れしている。外で遊べないから、皆家の中でも、激しく遊びたがるが、あまり強くは叱れない。やっとどらえもんのDVD見せて落ち着かせた。

この日は、何度か大きな余震があった。子供たちは、その度に海友の勉強机の下に一斉に避難していた。

近くのスーパーでは、品物は少ないものの、何とか最小限の食料は手に入る。しかし、水が使えないから、レトルロ品やカップラーメンを食べることが多い。ラーメンのスープも、流せないから、残さず飲み干す。

関西から、懐中電灯やLEDランプ、食料など沢山送ってくれた方たち、ありがとう。感謝します。

17日復旧をメドに上下水道管工事を行なう予定だったが、まだ水は出ないし、排水もできない。洗濯物も溜まってきた。排水できれば手洗いもできるのに。

被災してから、下水道管がやられて、排水できない状態。多分1日に4人家族で1.5リットルのペットボトル分も流していない。手はウエットティッシュやテッシュを水に浸して拭いたり、食べるときには、サランラップをお皿に巻いて、洗わないで済むようにしている。いつまで続くのかな~。

17日、結局、輪番停電に組み込まれ、今日の2時半から3時間程度、計画停電が行なわれることになった。やっと、写真集の写真セレクトする環境が整ったのに。しょうがないから、子供と遊ぶことにした。

昨日まで、空いているからと少し離れた給水場へ車で水をもらいに行っていたけど、ガソリンの事もあるし、今日から一番近い給水場で水をもらうことにした。ちょっと並ぶけど、これくらい我慢しないといけない。

仕事の電話がかかって来る度に、「え、そんな状況なんですか?」と皆に被災してるとも思われていない中途半端な立場。そう思っていたけど、おかげで、節水もガソリンの節約も、被災してから暖房も一切使わず厚着してるし、資源の節約を実行できてるのかもしれない。

午後6時前、計画停電が終わった。停電前に、また颯友の別の友達母子が遊びに来ていた。何もできないので、巨大な段ボールハウスを子供たちに作ってあげた。3人が十分に入れる大きさだ。僕が入ろうとしたら「壊れるからパパはダメ!」とダメ出し。。。

暗くなってからは、関西から送ってもらった懐中電灯やLEDライドが役に立った。今後も輪番停電があり、18日にも夜7時から停電の予定だ。

僕らは、LEDライトも送ってもらったし、お風呂をトイレにしているからいいけど、公園や仮設トイレまで用を足しに行く人たちは、暗闇の中、外に出て行かなければいけないから、不安に違いない。

お風呂でやるトイレにもかなり慣れてきた。最初はビニールの中にちゃんと出来るか心配だったけど、今はしっかりピンポイントで処理できる。これだけビニールがあるのも、妻が買い物した時のを捨てずに取っていたからだ。

携帯を1日車の中に置き忘れている間に、沢山の人から携帯メールをもらっていた。返事したいけど、携帯メール面倒なので、時間かかります。ごめんなさい。気仙沼での結婚式4月に行なう予定が、11月に延期になったというメールもあった。ロケで参加できなかったんだけど、延期で参加可能に。複雑。

Tue 15
震災6日目、子供たちの幼稚園と学校は18日まで休校に
2011.03.15

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震災4日目、原発が不安な中、車で南行徳まで銭湯に入りに行く。何人かの方に、「家に入りに来れば」と連絡をもらっていたが、なかなか外にも出れない息子たちの事を考えると、広い温泉スタイルのお風呂の方が良いと考えてのことだ。

給水場への給水は、毎日の日課になった。ガソリンスタンドはほとんどが閉まっていて、開いてるスタンドも長蛇の列。震災5日目に見たあるスタンドでは、レギュラーが1リットル180円になっていた。数日で40円のアップ。。

計画停電の中に新浦安地域も含まれていたので、LEDライトや電池を買いに行ったが、どこに行っても、売っていなかった。ミナが関西方面の人にお願いしたけど、やはり手に入らないとの報告。どうしようと思っていたが、ダイビング用の水中ライトが家に沢山あったので、それがライトとして代用できるので、購入を諦めた。

津波の被害を受けた被災地、千葉県の旭市で計画停電を実行されて、避難所の電気が消えた事が報道された。その後、浦安地域は、被災地として、計画停電のリストから除外された。

18日金曜日まで、新浦安地区の幼稚園、小学校は休校と決まった。実質そのまま春休みに突入する。卒園式、卒業式も延期。

自分も21日からのインドロケをキャンセルすることにした。

地震よりも、原子力発電所の報道に、振り回されている。海外の友達からも、まだ日本にいるつもりかという連絡をもらう。
外で見る報道は、その渦中にいるよりも、深刻に感じてしまうものだ。しかし、今回の件に関しては、徐々に回復しているのではなくて、徐々に悪くなっている。「今の段階では」と識者はテレビで繰り返し言うが、じゃあ、この状況で最悪を場合はどんな事になるのかってことは、僕の聞いている限りでは言っていないように思う。

子供たちに、放射能の危険性を問われるが、説明してもピンと来ないようだ。

今も下水道管は詰まっていて、水を流すことができない。給水場へは毎日1回行っているので、問題無いけど、流せないから本当に少しづつしか使えない。長男の海友は、水を運ぶのを毎回手伝ってくれている。

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別の場所への移動も考えてはいるけど、なかなか決断できずにいるのは、妻の家族が皆、新浦安にいて、同じような状況にあるからでもある。

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上の写真は、大人の身長くらいまで、地面から飛び出してしまった、下水管とマンホール。元は地面に埋まっていた。

facebookなどで知り合った人や海外の友人などから、「家族の元気な姿を見せて下さい」と連絡を度々もらうので、facebookに子供たちの写真をアップしたりした。良かったと、100人くらいの人から、連絡をもらう。

国内の人からも、連絡をもらう。僕らはまだ、そうした善意の声や行動が届くところにいる。感謝できるところにいる。それだけでもありがたい。

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子供たちは、相変わらず騒がしくてうんざりするのだけど、こういうときだからこそ、無邪気な笑顔にすくわれる。

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    あ、久しぶりですね。ハワイ楽しんでますか?はや...
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>>参加者の声

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INTO THE BLUE では、写真家・越智隆治 が、バハマ、トンガ、フロリダ、マーシャル 、 タイ、フィリピン、南アフリカなどなど、取 材で訪れた各国での体験談や変り種情 報などを、写真や動画と一緒にブログ形 式でつづっています。

越智隆治プロフィール

世界中の海を自然環境をテーマに取材を続ける水中写真家。イルカと人の関係に興味を持ち、国内外の多くの海でイルカの撮影を行っている。
>>越智隆治プロフィール

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